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長唄杵勝会の名取・杵屋勝之邦を襲名!山田邦子が「令和」に標した新しい1歩

山田邦子

年号も「令和」に改められ、時代も変わろうとしています。女性お笑いピン芸人として一時代を築いた山田邦子も、長唄杵勝会の名取を襲名して新しい“自分”を切り開いているようです。

長唄杵勝会とは?

説明が難しいので端的に記させてもらうと、そもそも長唄というのは16世紀の後半に日本に届いた三味線という楽器の音曲のひとつ。歌舞伎音楽とともに発展した三味線音楽を総称してこう呼んでいるケースが多いです。

杵勝会は、そうした長唄を専門とした数多くある職業の中にあって古い歴史と全国的な規模を持つグループとして発展してきた会です。

山田邦子はその長唄杵勝会で十余年に渡る稽古を積んで、この度“名取”杵屋勝之邦を襲名したのです。

 

お笑い界で「唯一、天下を獲った女芸人」と評価されるレジェンド・山田邦子

山田邦子(1960年生まれ)といえば、素人お笑い番組を荒らしまくった末にツービート、片岡鶴太郎らを擁する太田プロからなぜか女優としてデビュー。その作品『野々村病院物語』(1981年。TBS)のナース役で卓越した演技力を見せつけて世に出た事は、当ブログ読者で知っている人は少ないですかね(笑)。

「きのうまで学生だったとは思えない」という評価が大半を占めていましたが、実生活でもデビュー寸前に川村短大(東京都。いわゆる、「お嬢様学校」)を卒業。野球に例えれば、きのうまで学生だったのに、いきなりメジャー・デビューしたような感じでした。上手さとともに器用さもうかがえました。

そうして女優業を続けるのかと思いきや、デビューのきっかけとなった“芸人”活動も手を抜かずに並行。バスガイドに扮して「皆様、右手をご覧ください。一番高いのが中指でございます」とやるマイク芸が受けて「邦子のかわい子ぶりっ子(バスガイド編)」(1981年)なる関連ソングもレコード化(DLじゃないよw)。以降は大瀧詠一作曲の「邦子のアンアン小唄」(1982年)や「ひょうきん絵書き歌」(1983年)などを発表していき、自身の冠番組『邦ちゃんのやまだかってないテレビ』(1989年。フジテレビ)では当時大人気を誇っていた女性デュオ、Winkのパロディ版「やまだかってないWink」を結成、「さよならだけどさよならじゃない」をヒットさせていました。

本業のお笑いでは、キー局ゴールデンタイムで数多くの冠番組を持ち、山田邦子を見ない日はない程の活躍ぶり。ラジオをやれば、テレビ以上に「くだけた」話しも面白かったですしね。

放送関係者に言わせれば、こうした活躍をした女性ピン芸人は山田以外にはいないという声が大半を占め「唯一、天下を獲った女芸人」と評価する向きも多いです。それほど、凄かったという事です。

その山田邦子の人気に陰りが出てきたのは、大河ドラマ『八代将軍吉宗』(NHK。1995年)で吉宗の生母-浄円院が「ミスキャスト」と批判を浴びたあたりから。
その年の暮れにはテレビ関係者との恋愛スキャンダル騒動も持ち上がりました。執拗に食い下がる芸能レポーター(井上公三)に対して「お前、モテないだろ」「バカじゃないの」といった暴言が繰り返しワイドショーで流されたのもバッシングに拍車をかけたのだろうと推察されます。

かくして放送業界における「山田邦子フィーバー」は、21世紀を待たずに終わりを告げたのでした。
当時を振り返るインタビューに自身で「飽きられたのも、あるんじゃないかな」と淡々と語っていたのが印象的でしたよ。

乳がんを乗り越えて長唄の道へ

山田邦子は2000年に不倫関係にあった男性と結婚して、今でも仲睦まじく暮らしています。かといって、お笑いへの情熱が冷めたわけではなく所属の太田プロのライブに出演したりと、メディアへの露出とは関係なく情熱を傾けていたようです。

そんなおりの2007年、デビュー以来世話になっているビートたけしの『最終警告!たけしの本当に怖い家庭の医学スペシャル』(ABCテレビ)に出た際の自己診断で乳がんの疑いが。あらためて検査すると、左右の胸に乳がんが発見されたのでした。
手術をして全摘出して10年、再発もなく現在に至っています。本当に良かったですよね。

その手術後でしょうか。彼女が長唄をはじめたのは…。
本人の思いは分かりませんが、がんが発見されて自分を見つめ直したのではないでしょうか。「お笑いは本職だから、なんでもやる」と言っていますが、長唄も半端な覚悟ではできないですよね。何分、未知の世界なのですから。

そうして長唄杵勝会の杵屋勝之弥に師事、この4月末日に長唄杵勝会名取・杵屋勝之邦を襲名しました。同27日、28日には歌舞伎座(東京都)で行われた「二世杵屋勝三郎生誕二百年記念 長唄杵勝会 第十二回全国大会歌舞伎座公演」で師匠である杵屋勝之弥と門弟20人とともに吉原雀を披露していました。

山田の師匠・杵屋勝之弥によると「お歌は上手やから、直した所は次のお稽古には直してきはる。僕の他のお弟子さんは90歳の方もいます。邦子さんは燃えてますから、いつまでも続けて頂きたい」と弟子を褒めています。

なお杵屋勝之邦を襲名しても、お笑いなどの芸能活動は「山田邦子」名のままで続けるそうで、こちらでの鼻息も荒いです。
また芸能生活40周年記念舞台「山田邦子の門」(演出・水木英昭)」も5月と6月に開催されやる気は満々。
ますます精力的に動きだした山田邦子に要再注目です!

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